『会社売却とバイアウト実務のすべて』追加コンテンツ

2022.04.05

セルサイドM&A(売却側M&A)のフロー

本記事は、著者による『会社売却とバイアウト実務のすべて』(日本実業出版社、以下「本書」)の執筆において、紙面の関係上掲載できなかった内容を掲載した本書の追加コンテンツです。本書の35ページの続編としてのコンテンツであり、本記事単独では若干読みづらいこともありますが、ご容赦の程お願い致します。

本書では、以下の図とともに、セルサイドM&A(売却側M&A)のプロセスについて簡単に触れました。通常は以下のようなステップを踏んで M&A が進行しますが、本書での解説のとおり買収者からの買収提案がなされたことを契機としてM&Aプロセスが開始される場合は、⑤のプロセスからM&Aプロセスが開始される場合もあります。本書では、以下の各プロセスの詳細を記載する枠をとれませんでしたので、本ページにて解説したいと思います。

セルサイドM&A各プロセスの内容

1.売却意思決定と専門家への相談

オーナー経営者が売却意思決定をしたら、よくあるケースとしては FA(財務アドバイザー) 等の専門家へ相談したり、周囲の人に相談したりすることからプロセスが開始されることが通例です。また、実際に売却プロセスを開始する前に準備期間を設けるべき場合もあります。準備期間を設けるケースというのは、具体的には、まだあと数ヶ月~数年は待機した方が成長性等も考慮するとメリットが大きいと判断される場合や、特定の問題があり、その問題を解決してからの方がスムーズにディールが進むことが見込まれる場合等様々です。準備すべき内容の有無や実際の作業内容はFA等と協議の上決定します。もし準備期間を設けるということになれば、実際にプロセスを進行させる前に一定期間準備期間として経過することになります。

2.セルサイドDD(またはセラーズDD)と企業価値評価

デューデリジェンス(Due Diligence)(以下、「DD」といいます。)とは、「買収監査」の意であり、買収者が対象会社を買収する場合の調査をいいます。一方で、売却者側が売却対象会社について自身がDDを実施することもあり、これを「セルサイドデューデリジェンス(Sell-Side Due Diligence)」または「セラーズDD」等と呼びます(※専門家によっては「ベンダーDD」と区別なく用いられることもあります)。本書でも詳しく解説したとおり、このセルサイドDDは実際の売却実務ではきちんと実施されていないケースが多く、この点が売却プロセスや最終的な合意条件に多大な悪影響を及ぼすことがあります。

セルサイドDDでは、財務会計、法務にかかる分析に加えて、ビジネス面にかかる分析、すなわち対象会社の強み、弱み、ビジネスフロー、価値源泉の把握、実質的なEBITDA(正常収益力)の把握等を行います(本書で解説のとおり)。これにより、対象会社の理解を深めた上で、 インフォメーションメモランダム(Information Memorandum)プロジェクション(Projection) の策定を実施することになります。このセルサイドDDを事前に行うことで、これらの資料の精度や自社の将来成長性やリスクに対する説明力が大幅に増します。

これにより、売却の際に買収者に対して対象会社の正当な価値を評価してもらいやすくなったり、事前に考えられるトラブルを抽出し対処できるといったメリットもあります。セルサイドDDを実施する場合には、可能な限りM&Aプロフェッショナルと深く議論をした上で進めていき、場合によっては会計・税務専門家や法律の専門家もアサインして進めていきます。セルサイドDDについては本書で詳しく解説している部分がありますので、本書内の解説をご確認ください。

セルサイドDDを実施したら、次にプロジェクション策定と簡易的な価値評価を行います。プロジェクション策定はセルサイドDDで収集した情報をもとに、合理的な数字的前提を考えることからスタートします。プロジェクションの策定方法については、本サイトで別途解説していますのでそちらもご参照ください。プロジェクションが完成したら、それを用いて簡易的な価値評価を行います。売却者側の視点から自社がどの程度の価値で売却できるのだろうかという点について深く検討していきます。

3.売却戦略の確定、資料作成、買収者候補の選定

資料準備等が完了したら、次に売却戦略の確定や打診先を決定します。売却戦略という概念には本書に説明したとおり様々な概念が含まれますが、相対方式でプロセスを進めるのか、入札方式でプロセスを進めるのか、どういった資料を準備するのか、どういった切り口で対象会社を訴求していくのか、どういう相手先に優先的に打診するのか、どういう相手先にはリスクを考慮して打診しないのか、希望売却価格をこちらから提示するのかしないのか、提示する場合はいくらと主張するのか・・・等、挙げればきりがない程様々な要素があります。

買収者候補の選定も重要です。優秀なFAであれば、基本的にはネットワークを活用してどんな会社に対するコンタクトも作ってくるものです。したがって、「ルートが有る/無い」ではなく、どの会社であれば興味を持ってくれるのか?バイアウト・ファンドは候補となるのか?等を考えながら打診する相手先を決定していきます。事業上の関係性があり、対象会社の買収に興味があるであろう会社があれば、情報開示に伴うリスクが限定的であれば積極的に候補者として追加します。事業上の関係性がある買収者候補は、実際に買収を決めてくれる可能性が高いものです。また、買収者候補企業の選定にあたっては、相手先の資金保有規模や投下資産規模等も勘案して決定していきます。

メガディール等と呼ばれる企業価値ベースで500億円~1,000億円以上のM&A取引や、特定の買い手が明らかに最適な買収者となるようなケースを除き、打診先の検討は十分に時間を費やされた上で、複数の候補を選定することが必要になります。これは、ディールサイズが小型であればあるほど、M&A市場において数多くのM&A案件が存在し、かつ数多くの買収者候補が存在するということが理由です。逆に、ディールサイズが大型であればあるほど、M&A市場における対象会社・買収者候補が少ないものです。

ベンチャー市場、特にIT市場に属するベンチャー企業では、オーナー経営者が実際にM&Aイグジットを検討する以前から、上場企業含めた様々な企業により、対象会社へ買収にかかる提案(オーナー経営者が株式を売却し、その買収者とグループになることで一緒に大きくならないかという提案)がなされるケースが多くあります。もちろん、このような提案は歓迎されるべきものであり、オーナー経営者にとっては今まで自身が全精力を込めて成長させてきた対象会社、そして自身への評価でもあります。また、会社売却の成功率もそういった会社の方が経験則上は高いということができます。しかし、オーナー経営者にとって、そのような企業が最も売却先として適切かというと、必ずしもそうとは限りません。打診する買収者候補群を一定程度広げていくことで、オーナー経営者が想像もしていないところから有力な買収者が現れることもあります。また、M&A取引における評価額だけでなく、売却後の事業運営や組織の維持という観点も重要であり、この観点からも様々な買収者候補と交渉をしてみる価値はあるでしょう。もちろん、これと同時に買収者側が自社を買収することでどの程度のメリットを享受できるのか?についても深く考える必要があります。

また、著者がオーナー経営者と話をしていて感じることは、「オーナー経営者が感じている以上にM&A取引に興味を持つ買収者候補は少ない。」ということです。著者の経験の中でも、買収者候補50社に打診しても、1社も 秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement) (以下、「NDA」)を差し入れてくれないというケースもありました。NDAを差し入れるということは、対象会社の詳細資料を見てM&A取引の初期的検討に入ることを意味します。つまり、NDAを差し入れてもらえないということは、少しの興味さえ持っていただけないということです。数十社の打診を終えた時点でなかなか良い反応が得られない場合、多くの場合、オーナー経営者から「なかなか厳しいですね。一旦止めてみたほうがいいですかね。このまま事業継続もできなくはないですし。」と弱気になられることも多々あります。しかし、この程度の「打率の低さ」ともいうべきものは多くのM&Aイグジットで共通しています。感覚的には、事業的魅力は中程度、EBITDA(利益)が安定成長で2億円程度・・・といった一般的には良い対象会社が売却対象会社である場合であっても、例えば、売却者側が20億円以上で売却したいと言っている(つまりEV/EBITDA倍率が10倍を超える)ようなケースにおいては、10社打診しても1社も興味をもってくれないというケースも多いものです。

よって、M&Aイグジットを考えるにあたっては、一定数の買収候補者を事前に抽出しておくということは小型案件においては特に重要になるものと思います。もちろん、何も考えずに様々な買収者企業へ打診していくのも考えものです。ティザーを用いた打診とはいえ、情報流出リスクが高まりますし、特定の買収者候補と深い議論をしようにもうまく議論が進まないことも起こりえます。こういったバランスを考えて候補を絞り込んでいくことになります。

もし専門端末等をお持ちでない方がこれら買収者候補の抽出をしようと考えているのであれば、四季報などを用いて候補者を選定していきます。一方で、M&A専門家であれば、「SPEEDA」(ユーザベース社)等に代表される専門情報サービスを契約していることが大半であるため、そういったツールにより一瞬にして買収者候補をリストアップすることができます。

4.打診にあたっての資料作成

セルサイドDDが完了したら、実際に買収者候補に打診をするための資料作成を行います。まず、ティザー(Teaser)(「ノンネームシート」ともいいます。)です。ティザーはFAを用いて打診する場合に、対象会社名を伏せた形で買収者候補にM&A情報を提供する際に用いる書類です。対象会社名を伏せてあることから、対象会社名を開示せずに多数の買収者に打診することが可能となります。売却者自身が打診するという行為は、打診先の買収者候補全員に売却対象会社を開示してしまうのと同義です。

本書にも記載しましたが、ティザーを策定する際には、対象会社または事業が特定されない形で、かつ買収者候補に魅力的な投資対象だと考えてもらえるようにバランスを考えて記載情報をコントロールしていかねばなりません。この点において、このティザーの内容は非常に慎重に作成する必要があります。最適なティザーで買収者候補へ打診することは、最終的な売却可能性及び条件を高めることに直結します(より正確には、自社の価値を正確に理解してもらえる買収者と出会える可能性が高まるということです。)。

次に、インフォメーションメモランダム(Information Memorandum) (以下、「IM」といいます。)です。こちらもティザーと同様、非常に重要です。IMとは売却者(または対象会社)が買収者候補と秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement)(「NDA」と呼ばれます。)でを締結した後に開示される対象会社の詳細情報を掲載する書面です。特に、多数の買収者候補に検討参加してもらう形の入札プロセスにおいては、このIMの重要性がさらに高まります。入札プロセスでは、買収者が意向表明書(本書解説を確認ください)を提出するまで、当事者間の面談やQAセッションを行わないケースがあります。これは多数の買収者と面談したりといった手間を省きたかったり、情報開示を限定的にしたかったりといった理由によります。こうなると、IMが価格提示前に買収者が入手できる唯一の検討材料になることもあります。IMは、対象会社のビジネス内容、ビジネス・フローは勿論のこと、買収者の属性やシナジーの考え方、市場環境、プロジェクション及び説明など多岐にわたる項目が記載されます。また、検討の中で買収者が気になるであろう弱みやリスク等についても詳細が記載されるのが通常です。セルサイドDDにより抽出された事項を如何に適切に余すところなく伝達するかということが重要になります。もちろん、情報の内容によっては「あえて」掲載しない情報もあります。しかし、一般的には魅力であると思われる部分、対象会社の本質的価値であると思われる部分などを中心に、具体的に情報をまとめていくことで、対象会社の本来の魅力を買収者に正確に伝達することが可能となります。

このIMの重要性を示すエピソードはいくつもあります。「このIMがなかったら本件は承認を得ることができなかった」というようなファンドさんもいましたし、「数ある検討案件の中では、しっかりしたIMがある企業の案件を優先して検討し、そうでない案件は検討優先順位を下げている」というような銀行(LBOローンを提供する)もいました。このように、IMは買収者側にとって重要な検討材料となり得ます。

5.買収者候補による初期的DD

M&A取引が進み、買収者がその条件提示を行う直前にはヒアリング及びQAセッションが行われることが通例です(入札の場合等で、ヒアリングセッション等を条件提示前に設けない場合は除きます。)。この段階こそが、予備的デューデリジェンス(Preliminary Due Diligence)(本書で「プレDD」として解説しているもの。)です。

ここでは、IM等に記載された情報などで買収者が特に深堀りしたい情報について、売却者側に対してヒアリングすることになります。QAシートなどを作成したりといったことも行われます。買収者にとっては、情報の追加取得・再確認ということが主要目的になりますが、ここで重要なのは、買収者としてはこのプロセスの過程において対象会社の役職員についての評価もしているという点です。オーナー経営者がM&Aイグジット後に残存する場合はもちろんのこと、残存しない場合においても、オーナー経営者以外の取締役やキーパーソン等を買収者が評価する絶好の機会になります。このようなヒアリング・セッションが設けられた場合には、その回答者となる方は十分に準備をしておくことが重要です。可能であれば想定問答集などを事前に策定しておき、十分に回答内容を細部まで考えておいた方がよいでしょう。

特に、提出した資料やそれぞれの回答者の発言間に矛盾が起こるような回答をしたり、事実と異なることをどんどん回答する人がいた等といったことがあると最悪です。買収者としてはこのような矛盾や「事実認識の違い」等があると、買収に非常に慎重にならざるを得ません。そもそも売却者と買収者間には「情報の非対称性」が存在します。セルサイドDDにより、しっかりと自社に対する知識・情報を整理し、必要な段階が来たら、それをキーパーソン間で共有し、内容を詰めておくことで、買収者からの信頼感や信用を得ることは成功に直結する程重要なポイントです。可能な限り、想定問答集を策定したり、重要な質問を想定し、それら質問に対する事実ベースの回答案を用意しておいたほうが良いでしょう。とはいえ、「嘘」や「あいまいな事実」を伝えるのはご法度です。中には、うまく事実を少し曲げたような内容を回答するようにアドバイスするM&Aアドバイザーもいるようですが、著者としてはこれが最終的にどのようにメリットになるのかが理解できません。著者としては、事実ベースを買収者候補に伝えることこそが問題を拡大させたり早い段階で解決するために重要なことだと考えています。

6.買収者側条件提示(LOIの提示)及び詳細DDへ

初期的なDD(プレDD)が終わると、買収者側は条件提示を行います。この段階では通常は「法的拘束力のない」書面により、「基本的な条件提示」という意味で行われます。通常は 意向表明書(LOI:Letter of Intent) と呼ばれる書面を買収者側が作成し、それを売却者側に提示する形で行われます。ここまでが「会社売却プロセス」の前半フェーズです。本コンテンツでは前半フェーズの説明に多くを割いてきましたが、基礎的な条件提示であるこのLOIを提示され、その基礎的条件を受諾できた場合、プロセスの後半フェーズに入っていくことになります。

基礎的な条件を受諾できると考えた場合、後半フェーズのはじめのプロセスは「買収者側による詳細な デューデリジェンス(Due Diligence) 」です。詳細DDは「オンサイトDD」とも言われますが、対象会社の会議室等に買収者側及び買収者側がアサインした専門家(弁護士・会計士等)が来訪し、実地で調査することが多いことからそのように言われます。基礎的な条件がお互い確認しあえたことで、売却者としてはより機密性の高い情報を開示できることになりますし、買収者としてはコストをかけて深い調査を行うことができるようになります。

この詳細DDが終了したら、買収者側から最終条件の提示が行われ、最終交渉の段階へ移ります

7.最終交渉、DA締結及びクロージング

詳細DD(オンサイトDD)が終了したら、最終条件の詰めの段階に入ります。この最終交渉、最終契約締結、クロージングは強い関連性があります。最終交渉では、買収者側から、DDを行った結果をもとに意向表明書に記載された条件でそのまま買収して良いのかを考えた上で、最終的な条件提示を行います。意向表明書に記載された条件からさらに減額されてしまうということもしばしばあります。また、ここで重要な事は価格条件だけではありません。最終的な条件は全て最終契約に反映させることになります。最終契約を定める「最終契約書」とは、よく実務では「SPA(Share Purchase Agreemen)」だとか「DA(Definitive Agreement)」等と呼ばれます。具体的には、「株式譲渡契約書」や「事業譲渡契約書」等の最終的に締結する確定的な契約書を意味します。

最終契約書については、詳細は本書でも述べていますが価格以外においては「表明保証条項」と「補償条項」、「 クロージングの前提条件(Condition Precedent) (略して「CP」等とも呼ばれます)」等が特に重要な条項となります。M&A取引においては、価格条件と同程度に重要視すべきといっても過言ではありません。場合によっては、最終契約書を締結したにもかかわらず、クロージング前提条件が満たせなかったために、クロージングできなかったという事例もあります。

タグ一覧
#DA #IM #LOI #セルサイドDD #ティザー・メモランダム

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