会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 7話 ~EBITDA倍率と純有利子負債~

会社売却準備と事前情報整理 ~2018年3月15日~⑤

平井はミーティングが終わってすぐに清水に電話をかけた。

平井 「いやぁ清水さん、今日VCに買い手を紹介したいと言われたんだけど、そこの評価はEBITDAの2倍くらいらしいよ」

清水は答えた。

清水 「う~ん。たしかに御社でEBITDAの2倍というのは普通に考えると安いですよね。5倍~7倍くらいはほしいですよね。このバリュエーションでもホライズンが積極的な理由は、多分彼らは優先分配で投資額が回収できる点もそうですが、なにより確実に売却できる機会を逃したくないんでしょうね。

 実はVCさんとオーナーさんの意向にギャップが出ることって多いんですよ。まぁ平井さんとしてはやはり他の買い手にも打診していくことになるんでしょうけど、御社の状況で買い手からマイナス評価を受けそうな部分ってあります?」

平井 「そうだね。あるといえばあるなぁ。最近、顧客離れが少し拡大してきてるんだよね。それを営業力で埋めて顧客純増は確保している状態。こういうのはやっぱりディスカウント要因になりますかね?」

清水 「そうですね。買い手の立場では現状の定性的な状況もみながら、1年後、2年後、3年後……とPL、BS、その他KPI等の推移を予想していきますからね。現時点での顧客減少幅がかなり大きいとなると、今後売上が安定的に成長可能だと考えにくくなるので、売上が減少する可能性が大きいという見方にはなりがちです。当然キャッシュフローの予測値も下がりますので、評価が低くなりえます。さっきのEV/EBITDA倍率を用いた類似会社比較法の考え方は、『類似する上場会社であれば何倍の倍率で評価されているのか?』という観点からきたものなので、あくまで簡便的なものなんです。本来は類似会社比較法においては対象会社の業種や成長性、ROIC、安定性、企業の規模等様々な要素で類似する会社をきちんと説明したうえで、類似会社としなければならないんです。

 ですから、たとえ類似上場会社や他社事例において、EV/EBITDA倍率が5~7倍で評価されていたとしても、個別案件で2倍くらいになるというのが必ずしも変ではないともいえるんです。対象会社の中身をみたうえでそれが合理的であれば。ただ、今回のケースは買い手さんがDD前からすでにその倍率でなければ買収しないと決めているのであれば、それは考えものですね。他にも打診して、納得のいく評価をしてくれるところを探したほうがよいかもしれません。まぁ一度M&Aのプロに会ってみたほうがいいんじゃないですか? もしよければ僕も同席しましょうか?」

平井 「それはぜひお願いしたいね」

このような経緯で、次回のFAとの会議に清水が参加してくれることになった。

コラム①┃M&Aで重要な財務指標、EBITDAと純有利子負債

●EBITDAとは
EBITDAとは、支払利息・税金・償却費控除前利益のことをいいます。「イービッダー」とか、「イービットディーエー」等と読まれます。簡易的には「営業利益+償却費」で計算されます。日本では会計上の正式な指標ではなく、EBITDAの定義が曖昧な場合があります。

したがって、EBITDAという単語が実務で出てきた場合は、その算出式を確認することが重要です。

EBITDAは、事業が生み出す税引前キャッシュフローに近い数値といえます。 M&A 取引に伴う価値評価等では、営業利益よりEBITDAが重視されることが多いものです。たとえば、何か多額の償却が起こり当該償却が販売管理費等に計上されるとします。当然、営業利益は「償却費」も費用として控除したあとの数値です。

しかし、「償却費」というのは「キャッシュアウトを伴わない費用」です。このため、事業に使うキャッシュフローを簡易的に見積もるために、「営業利益+償却費」の算式も意味をもつことになるのです(一度費用として差し引かれた償却費を足し戻す)。企業価値評価ではキャッシュフローを重要指標として評価することが一般的であるため、その意味でもEBITDAは有用なものとなります。

また、クロスボーダー(海外相手のM&A)等の場合には、そもそも「償却のルール」が国により異なることもあるため、営業利益の単純比較では日本企業との適切な比較もできないことになります。EBITDAを用いることでこのような問題も解決できることから、M&A業界では非常に重要な指標として頻繁に用いられています。

●純有利子負債とは
純有利子負債は、「有利子負債等-現預金等の非事業資産」で計算される純額の有利子負債額を意味します。実務では、「ネットデット(Net Debt)」と呼ばれます。こちらもM&A取引では非常によく用いられる指標です。上記「有利子負債等」には退職給付債務、訴訟債務等の「Debt like item(有利子負債のようなもの)」も含めて計算します。

また、「現預金等の非事業資産」には、事業で用いていない投資用不動産や流動性のある投資有価証券等(上場有価証券等)の「Cash like item(現金のようなもの)」「現金同等物」を含めて計算します。実務的にはすぐに売却してキャッシュ化できるものを含めるとよいでしょう。これも定義がやや曖昧な指標であるため、定義を確認することが重要です。

なお、「現預金等の非事業資産」に算入される現預金は本来、「余剰資金」です。事業に用いられる現預金は含まれません。しかし、わが国の実務では、この切り分けが困難なため、現預金の全額を余剰資金とみなすことが多いようです(そのように判断した裁判例もある)。なぜM&A取引でこの「純有利子負債」が重要なのかという点をご理解いただくには、事業価値、企業価値、株主価値の違いを理解する必要があります。これについては、詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第四部 2-1をご覧ください。

【M&A参考動画】売却しやすい会社の創り方とは!?

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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