会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 2話 ~会社売却と人生設計、売却タイミング、投資運用~

会社売却意思決定までの深い自問自答 ~2018年3月7日~

平井は新宿の新築高層ビルにある三村のオフィスにいた。三村は会長室のソファーに腰かけて、事前に送付されていたFT社の財務資料と平井が送ったメールをプリントして眺めていた。

三村 「おお、たしか今年会うの初めてだよな! 久しぶりじゃないか。元気してたか? 会社は順調?」

平井 「三村さん、お久しぶりです。経営状態はそんなに悪くはないのですが、最近は急成長というほどではないですね」

三村 「なるほどね。それで今回はVC経由で買収提案がきたということだよね?」

平井 「そうなんです。VCはそもそもうちの株をファンドの満期を理由に売りたがっていたんで、水面下でブルーとは話をしていたんだと思いますけどね」

平井は渋谷からの提案と会社売却にかかる自分の考えを詳しく三村へ話した。

三村 「なるほど。VCは基本的には満期が来たら売却しなきゃだめだからね。君の会社の場合、コストもそんなに重くないから、関連する新サービス開発等に成功すれば単独でも既存の営業網を使って企業価値を伸ばしていくことはできるよね。ふつうEBITDAで2~3億超えて成長もして、かつ新規性ある事業が作れれば十分、上場できる範囲だし、あとは継続的に成長してそれが今後も続くという根拠を示すのみじゃないか。そう考えると、もう少し成長性を高められて新規性ある事業を作れればIPOをあきらめる段階ではないとは思うけど。それこそ君はどうしたいの?」

平井 「難しいところですよね。上場するとなると長期的な成長展望が必要でもありますからね」

三村は親指を額につけながら再度資料をペラペラとめくり厳しい顔をしている。

三村 「まぁ、たしかに君の会社の場合、現状は事業の新規性もあまりないし、仮にこのままで上場できたとしてもこのままではそれほど高い株価はつかないかもしれないな。既存事業の成長もイマイチだからね」

三村は一呼吸おいてこう言った。

三村 「既存事業の評価や想定株価はたしかに気になる要素だけど、もっと大事なのは結局、君自身がこれから何をしたいかってことだね。自分のキャリアというか人生設計をどうしたいかっていう視点も入れて考えたほうがいいよ。このままある程度のリスクを取り続けていまの仲間と長期的に事業拡大をしたい気持ちがあって、かつ相当の事業規模が期待できると思うならIPOはよいかもしれないね。既存事業の隣接領域を攻める選択肢もあるしね。一方、若いうちに会社を売却して資産をつくり、十分な時間とお金をもとに、新しいことをはじめるという選択肢もある。君の場合は事業承継型のM&Aに少し近いともいえるかもね。この場合、M&Aイグジットの実績、あとは個人資産をテコに、次の事業で巨大ファイナンスを引っぱってこれる可能性も高い。ビジネスを10年以上経験した君なら、次の再スタートはブレにくくなっていると思うし、長期的視点から次のビジネスと人生を設計できると考えれば価格次第では売却も悪くない。まぁ長くなっちゃったけど、簡単に言うと、いまの延長線上に大型資金調達をして世の中に大きなインパクトを与える見込みのある事業を描くことができて、そのうえでいまのまま会社を長く続けていきたいならIPOを目指せばいいんじゃないかな。そうでなければ今回の話もいいかもしれない。俺はM&Aイグジットするなら少なくとも10億以上で売却できないとメリットが少ないと思ってるけど、それも超えてきそうだからな。これはあくまで1つの考え方に過ぎないけどね。ところで、ドラッグアロング条項注1とかはあるの?」

平井 「それはないみたいなんですよ。なので僕が決定できる状況には一応あるんです。三村さんがおっしゃった観点でいうと、いまの組織や事業を主軸に上場するというのはまずないとは思います。僕自身は今後、医療系のビジネスをやりたいんです。ただこの方向性は他の役員や社員の考えとはまったく違うし、たとえ上場しても既存ビジネスとの整合性や上場時の市場へのメッセージ等を考えると説明しにくいんです。あとは三村さんがおっしゃるように、一度たくさんの時間を作って、海外市場をみてみたり、40~70歳までのビジネスマン人生をどうするかっていうことをもう一度考えてみたいですよね。ビジネスマン以外の道で生きるということもあるかもしれないですしね。あと最近アメリカで起業家が売却して成功している事例をよく聞くんですけど、こういう話は刺激的ですよね。なんか会社を売却したあとで色々な生き方をしている人がいますからね。私の知り合いは、アメリカで会社売却した資金をもって世界中バックパッカーとして旅行して、それから東南アジアでVCを立ち上げました。あ、あと三村さんがおっしゃった10億以上なら意味があるというのはどういうことなんですか?」

三村 「これは僕の持論だけど、株を100%もっていて10億円で売れて、税金約20%、仮にシンプルに譲渡所得10億円だとすれば、手残りが8億円じゃん。8億のうちの6億を株式、上場株の配当または割引債などで4%くらいで運用できるとすると毎年2,400万円、他に収入がなくて所得税・住民税率を併せて20%くらいになるとすれば、残高は1,920万円となって毎年手取りとして受け取れることになるでしょ? これで生活資金はある程度賄えるとなると、残りの2億で新規ビジネスとかを考えることもできる。だから、10億円以上を狙えるようになると、その後の生活を考えたときにある程度安定的といえるレベルの資産形成になると思うんだよ注2。ただ、お金があると安心感が生まれて事業成功率が低くなる場合もある点には注意しなければいけないけどね」

平井 「なるほど。売却対価の絶対額でM&Aイグジットの意味合いも変わってくるっていうことですね」

三村 「あとは、もしIPOするならマーケットがよくて、その会社の長期的な成長が見込めるタイミングがよいというのが俺の意見。長期的に成功している会社の多くが、IPO時点またはその直後に2桁後半~3桁億円を調達してる。10年~20年前くらいにIPOして現在は巨大企業になっているような企業を調べてみてごらん? けっこうIPO時やその直後に巨大な額の資金調達をしてるから。上場会社オーナーとしては言いにくいけど、巨額の調達をしてしまえばかなり幅広な成長戦略が描ける。実際に上場してから大きな事業転換をしている会社もたくさんあるからな。だから、IPOするならタイミングも見極めたほうがいいと思うよ」

平井 「なるほど。たしかにそうかもしれませんね。ただ、いまの事業を考えると、IPOを選んだ場合は時価総額(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第四部2-1参照があまりつかないかなぁとも思うんですよね。市場はいい感じだと思うんですが、市場と事業成長の両方がそろってはじめて時価総額はつくみたいですからね。高い時価総額がつかなければ巨大な額の調達もできませんからね」

三村 「まぁ、色々と考えるといいよ。そういえば、俺もよくオーストラリアに行くけど、会社売却した資産家とはよく会うなぁ。まぁ、10年後と20年後の自分を想像してみることだね。君みたいに若いと5年後くらいまでしか考えにくいもんだが、先は長いからね。高齢オーナーの事業承継とは状況が少し違うしね。そういったことを考えて結論を出せばいんじゃない? IPOもM&Aも結局は手段だからな。あっ、あとIPOを目指すのであればVCの株式の買い取り先は君がちゃんと探すといい。こういうことをしっかりできる経営者は信用を得られるし、長期的にそういう動きは君のためになるよ。」

こう言ったあと、三村は、「次のお客さんがそろそろ来る」といいながら立ち上がった。三村は、売却をするべきか否かという視点を考える際に、平井自身のビジネス上のキャリアと人生設計をどうしたいのかが重要だということを示唆したのだ。

注1:ドラッグアロング条項(売渡請求条項)とは、外部投資家が投資する場合等の投資契約または株主間契約に規定されることがある条項で、投資後に一定の要件を満たした場合に、外部投資家等がオーナー経営者等の他の株主に対して株式を売却することを請求できる権利をいいます。この条項が発動すれば、オーナー経営者は保有株式の売却を強制されることとなるため、その設定には慎重になる必要があります。
注2:著者の周りではこのように考える人が何人かいましたが、異なる意見もあるでしょう。

【M&A参考動画】売却時期はどう決める?2:30以降が重要です


(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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