2020.06.13
会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 4話 ~会社売却準備、M&Aの契約、企業価値?~
会社売却準備と事前情報整理 ~2018年3月15日~②
清水 「次は、相手先です。これは結局どこに買ってもらえばみんながハッピーなのかという話です。高いシナジーが生まれる相手で、フェアに価格を決めてくれる会社ならいうことないですよね」
平井 「うん。たしかに僕的にもやっぱり高く売却できればベストなんだよね。売却価格はどのように考えておけばいいのかな?」
清水 「まず売却の目線価格は平井さん側で考えておくというのが重要です。また、買い手側にその目線を伝えるか否かも要検討事項です。高く売却しようと思えば、一般的には1社のみと話をするというのは得策でないケースのほうが多いように思います。さっきプロセスのところで相対方式と入札方式の話をしましたが、入札方式というのは基本的には多数の買い手候補に同時進行で検討してもらうことで、高く評価してくれる相手を見つけやすくするという効果があります。一方で相対方式では1社ごとにゆっくり慎重に交渉できるという利点があります。もちろん、それぞれの方式にデメリットもあるので、どちらのスタイルで進めるかはケースバイケースですね。この点は非常に難しい論点ですが、こういったM&A実務についてはファイナンシャル・アドバイザー(俗に「FA」と呼ばれるM&Aコンサルタント)に相談して戦略を検討していくといいと思います。特に、入札方式のように売却条件最大化を主目的とする方式で売却取引を進めたいということであれば、売り手側のみから報酬を受け取るスタイルのFAを活用するメリットはとても大きいと思います。条件最大化にちゃんとこだわってますから」
平井 「なるほど」
清水 「次に最終契約について。これこそが僕の専門領域ですが、M&Aの最終契約は平井さんのような売り手にとっては、取引実行後のリスクがこの内容で決まるといえるほど重要なものです」
平井 「たとえば、どんなリスクが出る可能性があるの? あくまで一般論として」
清水 「これはね、本当に色々あるんですよ。簡単に言えば、しっかりした契約にしておかないと、クロージングしてから損害賠償請求や(M&A実務上ごく稀だが)株式買戻請求などをされやすくなります。契約書の中に必ずと言っていいほど含まれる表明保証条項という条項がありますが、これは主に買い手が売り手に対して一定の事実を保証させるための条項で、細心の注意を払いつつ契約に落としていく作業が必要になります。また、自分たち経営陣以外の株主に売却取引について相談する場合は少し注意が必要です。なぜなら、ほかの株主は基本的には高額で売却できればいいと考えますが、オーナー経営者は高いだけではだめで、契約上の他の様々な条項も価格と同じくらい重要となるので、自分たち経営陣とほかの株主では利害が完全に一致しないからです。こういうケースはあまりないと考えたいものですが、他の株主が売却価格のみを最大化したいがために、本来オーナー経営者にとってとても不利な付帯条項があった場合に、『社長、こういう付帯条項は当たり前だから受諾しないと進まないですよ』などと間違ったアドバイスをする場合もあります。こういう点でも、オーナー経営者自身がきちんとM&Aの最終契約の相場を理解しておくことが重要となります」
平井 「なるほどね。そういう意味ではさっき話題に上がったFAや弁護士の採用は必須かもしれないよね。なかなか最終契約の相場観といっても判断つかないからなぁ。あっ、VCで思い出したけど、うちのVCのホライズンの持分の20%のうち10%は種類株式(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第五部 4-2参照)なんだよね」
清水 「なるほど……。それは少し検討事項が増えるかもしれませんね。あとで定款と謄本と投資契約書、株主間契約書等の投資時に作成した書類を一式みせてもらえませんか? 場合によっては、売却成功時に平井さんが受領できる金額が減ってしまうこともあるかもしれません」
平井 「了解。じゃあこの面談が終わったら全部まとめてメールするよ」
清水 「お願いします。また、社内ケアもとても重要です。従業員や他の役員がこの話をどう捉えるのか。買い手候補との面談で彼らがしっかりとした応対をしてくれるのか……等、様々なポイントがあります。たとえば、買い手がCTO(最高技術責任者)に2年間は継続勤務してくれといった場合にCTOが合意してくれるのか等といった論点も重要です。長年どういう思いで彼らがこの会社で働いてきたのかを十分に考えたうえで対策を練っておくべきですよね。
さらに、セルサイドDDを事前にきちんと行うことで、交渉のトラブルを抑制し交渉優位が確保できる可能性が高くなります。最後の税務も重要ですね。今回はキャピタルゲイン課税ということになりますが、実際に株式譲渡した場合、どの程度の税額が発生するのかということはしっかりと把握しておいたほうがいいと思います。先ほどのスキームにも関連してくるトピックです。あとは種類株式がある場合は税務的に検討すべきトピックが増えることもあります。もちろん、これ以外にもたくさん論点はありますが、いま思いつくのはこんなところですかね」
平井はホワイトボードをみながら、再び清水に気になっているポイントを尋ねた。
平井 「なるほどね。まぁでも一番気になるのはやっぱり価格かな。これってたとえば利益の何倍だと適切だ……とかそういう話があると思うんだけど。実際どう決まるものなの?」
清水が再び口を開く。
清水 「これは僕の専門ではないのですごく難しいんですが、よく業界では類似会社比較法(同署第四部 5-1参照)という手法の中の、特にEV/EBITDA倍率という倍率を用いた評価を行う人が多いですかね。けっこうサイズが大きい案件でバイアウト・ファンド等も買い手になるようなものだと、10倍以上で取引が決まるという事例もあるようです。低成長企業の事業承継等では2~3倍というケースもあります。ベンチャー企業の場合は通常、EV/EBITDA倍率での評価は用いられませんが、御社の場合は特殊で、ベンチャーといってもある程度のEBITDAや営業利益は出ているから使えるかなぁ。このあたりは微妙なところです」
このあと、話がさらに深いValuationの話になっていった。
【M&A参考動画】M&Aの代表的プロセス相対or入札
執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)