2018.08.12
会社売却におけるプロジェクション(CF予測)
本書ではプロジェクションとは何か、どのような目的で用いるのか、そのよくある一般的な構造等について説明いたしました。
また、前回は、プロジェクションの基本や、書籍添付ファイル「Projection&DCF.xlsm」(以下、「本モデル」)の基本構造について説明し、PLモデル及びBSモデルの策定について解説しました。今回解説するのはCF計算書を意味するCFモデルの策定です。
CFモデル策定のポイント
CFモデルはCF計算書の予想モデルといっても良いでしょう。CF計算書は上場企業でなければ、作成さえしていない場合もあると思います。いままでみてきたPLモデル及びBSモデルの策定を踏まえると、一見、過去のCFモデルがなければ、CFモデルも将来予測が難しそうに感じられるかもしれません。
しかし、PLモデルやBSモデルは過去の実績値が予測モデル策定にあたり重要となるものの、CFモデルは特段過去のモデルがなくても予測されるBSモデル及びPLモデルからデータを取得する形で策定することが可能です。
なお、本書では、基本的な枠組みとして「間接法のキャッシュフロー計算書」と類似したスタイルでCFモデルを策定しています。さて、それではひとつづづ流れを見ていきましょう。このCFモデルの目的をシンプルにいえば、「前期末から今期末までにいくらのキャッシュが増えたか」を計算することにあります。なお、ここで説明するCFモデルは、エンタープライズDCF法で用いるFCF計算とは若干の相違があります。詳細は本書にてご確認ください。
営業CFモデルの策定
会計上の税前利益をスタートに減価償却費等を加算
まず営業CFモデルを策定します。既にPLモデルが策定されていれば、「税引前当期純利益」の予測値があるはずです。これを本モデルでは最上段に転記します。この「税引前当期純利益」は、税金を除いた「事業活動内外で得たお金」に近い指標といえます。
しかし、PL上で利益計算をする過程の中には、「非現金項目」とでもいえるような、「キャッシュアウトを伴わないコスト」が存在します。その代表的なものが「減価償却費」です。このため、「減価償却費」を足し戻すことで、「税引前当期純利益」を実際の現預金増加額(または減少額)に近づけることができます。本モデルでは「減価償却費」は「CAPEX&DEP」シートで計算していますから、そこから転記する処理を行っています。
運転資本の増加はキャッシュの減少として調整
次に、「税引前当期純利益」と実際の現預金増加額(または減少額)の差をさらに埋めていきます。次に考えるのは「運転資本」です。「運転資本」はよく「売掛債権+棚卸資産-買掛債務=正味運転資本」として表現されます。この詳細な考え方は本書の解説に譲りますが、例えば、「売上」はそれが計上されてもそれが3か月後の支払いであれば「売掛金(売掛債権)」が増えるだけで「現金」は現時点では増えません。
逆に、「売上原価」を構成する「仕入」についていえば、それが計上されても2か月後の支払い義務であれば、2カ月間「現金」が減らず、「買掛金(買掛債務)」として債務が計上されることになります。
このため「売掛金」が増えれば増えるほど、「税引前当期純利益」で考えている前提ほど現金が入ってこない状態になり、逆に「買掛金」が増えれば増えるほど同利益に含まれるコスト金額ほどは現金が減っていない状態を意味します。
また「棚卸資産」の増加とは「PL上でコスト計上されていない現金支出分」と考えるとわかりやすいでしょう。「売上原価」は「期首棚卸高+当期仕入高-期末棚卸高=売上原価」の式からもわかるとおり、実際に今期に売り上げたものの原価として表現されます。つまり1年間に100個売ったら、例え120個仕入れていても、100個分の仕入高のみが原価に計上されることになります。つまり、「棚卸資産」の増加とは、「売れ残り」を意味し、「売れ残り」分のキャッシュアウトは「税引前当期純利益」に反映されていないといえます。このため、「棚卸資産」の増加は、利益からみた場合には現金をその分減らして計算しないと実際のキャッシュフローと整合しないのです。
このことから、増加すれば利益に対してキャッシュフローの減額調整をさせるべき項目である「売掛金と棚卸資産」から、増加すれば利益に対してキャッシュフローを加算調整させるべき項目である「買掛債務」を控除した金額が「正味運転資本」として定義されます。この「正味運転資本」が増加すれば増加するほど、「税引前当期純利益」に対して現金の減額調整をすべきであり、その調整をすることで真の現預金増減額にさらに近づくことになります。
CFモデルは税引前当期利益を基準に、会計では表現していなかった「現金が入金されていない収益」「収益計上されていない現金の入金」「現金が出金されていないコスト」「コスト計上されていない現金の出金」等を調整して、実際のキャッシュ増減を算出しようというものです。このため、正味運転資本が増加していればその金額分だけ利益に比べてキャッシュインが少ないことを意味するため、CFモデルではその分の現預金をマイナス調整することになります。「予測財務諸表」シートの75行目~79行目がこの運転資本増減を反映させている部分です。
なお、前述のとおり「売上債権」、「棚卸資産・仕掛品」、「買掛債務」以外のもので、売上・売上原価と連動する事業に関係する「運転資本」に該当する項目があれば、「その他流動資産」、「その他流動負債」という項目を作成して同じ方法で運転資本増減として計算に含めます。本モデルでは、売掛金、棚卸資産、買掛金、その他項目にかかる運転資本関連項目の予測が「予測財務諸表」シートにて既に完了しています。よって、このデータを参照することにより運転資本増減を算出することが可能です。
なお、「未払法人税」については、主にPL上の「法人税」に関連する債務です。つまり当期の法人税が確定してから、翌期の税金支払日に支払うまでの債務です。このため、本モデルのようにCFモデルの計算の起点が「税引前当期純利益」としている場合、「税金はコストとして大きく計上されているが、未払法人税分は実際のキャッシュアウトではないため、当期純利益に対して現金のプラス調整をする」という状況にはありません。そもそも「税引前当期純利益」は「税金」を支払う前の利益指標だからです。よって、本モデルの場合は「未払法人税」を「運転資本」に入れてしまうことは誤ったCFモデルとなってしまう点には注意が必要です。
税金支払額の記載
続いて税金です。本モデルでは、前期の法人税が今期に支払われるという仮定をおいており、CFモデル上の「税金支払額」は前期の法人税額を転記する形式をとっています。このため、「未払法人税」は「運転資本」にカウントしていません。また、より正確に当期に支払う税額(予定納税等も考慮して)を見積もる場合もあります。この場合「未払法人税」を運転資本増減に含めてしまうと数値に誤差が生じますので注意が必要です。
投資CFと財務CF
次に投資CF及び財務CFです。これは説明よりも実際の「CFモデル」を見ていただいた方がわかりやすいと思います。重要なことは、殆どの項目がBSの何れかの項目と連動しているということです。例えば、CF上の「有形固定資産の取得」がプラスであれば、それはBS上の「現預金」の減少を意味し、またBS上の「有形固定資産」の増加を意味します。CF上の「貸付金の増加」がプラスであれば、それはBS上の「現預金」の減少を意味し、またBS上の「貸付金」の増加を意味します。CF上の「配当金の支払い」は、BS上の「現預金」の減少を意味し、かつBS上の「利益剰余金」の減少を意味します。
この例を見てもわかるとおり、殆どの場合CF上の特定の項目の変化は、BS上の特定の項目の変化をもたらしますが(またはその逆でもある)、さらに重要なのはそのBS上の特定の項目の変化は、常にBSの借方・貸方がバランスするように動くという点です。上の例でもそれが見て取れます。
投資CFと財務CFが完成したら、最後に営業CF、投資CF、財務CFの現金増減を合算します。この合算額が現金の1年間の増減額ですので、これがプラスであれば「前期末BSの現預金」にこの増加額を加算して「今期末の予測現預金額」とします。ここではじめて今期のBSの現預金が固まります。現預金増減がマイナスであれば逆の処理を行います。
ここでCFの各項目の策定方法についてポイントを整理しておきます。
項目 | 策定のポイント |
<営業CF> | |
税引前当期純利益 | PL上の税引前当期純利益を参照しています。 |
減価償却費 | PLモデル上の減価償却費を参照しています。上記税引前当期純利益は既に「減価償却費」が差し引かれたものとなっています。「減価償却費」は現実にキャッシュアウトを伴ったコストではないことから、「キャッシュフロー」を算出する場合にコストを足し戻さなければいけません。 |
売掛金の増減 | 算定対象となる期の「売掛金」から前期の「売掛金」を差引き「売掛金」の増加分を算出し、その金額に「-」符号をつけた数値となっています。「売掛金」の増加は現預金(キャッシュフロー)が「運転資本」に費やされていることを意味することから、キャッシュフローのマイナスを意味します。よって、「-1」を乗じマイナス勘定とすることで「売掛金」増加=キャッシュの減少を表現しています。「売掛金」の増加が利益指標に対する「現預金」のマイナスを意味するというのはキャッシュフローの基本的考え方です。「入金サイト」が長い顧客ばかり相手に取引していると「売掛金」が増大し黒字倒産に繋がることもあります。 |
棚卸資産の増減 | 算定対象となる期の「棚卸資産」から前期の「棚卸資産」を差引き「棚卸資産」の増加分を算出し、その金額に「-」符号をつけた数値となっています(本例では0)。「売掛金」と同様、「棚卸資産」の増加は利益指標に対するキャッシュフローのマイナス効果を意味します。 |
買掛金・未払費用の増減 | 算定対象となる期の「買掛金・未払費用」から前期の「買掛金・未払費用」を差引いた数値をインプットしています。「買掛金」や「未払費用」の増加は、利益指標に対するキャッシュフローのプラス効果を意味します。よって、当期末の「買掛金・未払費用」が前期末の「買掛金・未払費用」に対して増加していれば、プラス勘定でそのまま差額を記載します。「支払サイト」が長い仕入先が増加してくれば会社のキャッシュフローが安定します。 |
その他流動資産の増減 | 算定対象となる期の「その他流動資産」から前期の「その他流動資産」を差引き、その金額に「-」符号をつけた数値となっています。「その他流動資産」は売掛金や棚卸資産を除く「運転資本」の集合ですので、この数値の増加は利益指標に対するキャッシュフローのマイナス効果を意味します。「売掛金」増減と同様に処理します。 |
その他流動負債の増減 | 算定対象となる期の「その他流動負債」から前期の「その他流動負債」を差引いた数値をインプットしています。「その他流動負債」は買掛金や未払金を除く「運転資本(負債)」の集合体ですので、この数値の増加は利益指標に対するキャッシュフローのプラス効果を意味します。「買掛金・未払費用」増減と同様に処理します。なお、本書では未払法人税を運転資本増減として「その他流動負債の増減」に含めていません(別途税金支払分のキャッシュアウトを「税金支払額」として設定しているため)が含める場合もあります。 |
税金支払額 | 当期に支払う税金の金額を記載します。ここでは、前期の「法人税」額が当期「法人税支払額」となるよう、前年の「法人税」額を参照しています。なお、ここに会計上の法人税額を入力せず前期支払分を入れており、また利益指標として「税引前」の値を利用していることから、本モデルでは「未払法人税」の増加額をキャッシュフローのプラス効果としてCFモデルに含めていません(当期法人税額から未払法人税の増加額を控除した金額が当期の「法人税支払額」と同額になるため。)。このあたりのモデルの策定方法は策定者により異なることも多いようです。 |
<投資CF> | |
有形固定資産の取得 | 将来にかけて有形固定資産の取得がある場合、「CAPEX&DEP」シートにおいて既に当該有形固定資産の取得(つまり設備投資(CAPEX))が入力されていると思いますので、当該年度の取得額合計を参照します。本事例では有形固定資産の取得を「なし」と仮定していますので、「0」となっています。参照先の「CAPEX&DEP」シートを確認してみてください。 |
有形固定資産の売却 | 将来にかけて「有形固定資産」の売却がある場合、「CAPEX&DEP」シートから該当年度分の売却額合計を参照します。なお、本モデルでは資産売却のモデルは策定していません。もし策定する場合には、売却によるCFのみならず「有形固定資産」の該当資産の簿価を減少させ、簿価と売却額の差額をPL上の「売却益」として計上する(売却額が簿価を下回る場合は「売却損」)等の処理も忘れずにモデルに組み込みます。 |
無形固定資産の取得 | 「有形固定資産」の取得に同じです。 |
無形固定資産の売却 | 「有形固定資産」の売却に同じです。 |
有価証券の取得/売却 | 将来にかけて「有価証券」の取得または売却を行う場合は、別シートで当該取引についてまとめ、参照します。BSだけでなく「有価証券売却益」、「有価証券売却損」等のPLへの影響もある場合は当該影響も忘れずにモデルに組み込みます。本モデルでは「0」を仮定していますので、有価証券の取得/売却にかかるモデルは策定していません。 |
貸付金の増減 | 将来にかけて「貸付」を行うことが見込まれる場合は当該影響を加味します。「貸付金」の増加はマイナス勘定で、減少(返済を受けた場合)はプラス勘定で記載します。なお、本モデルでは「0」を仮定しています。 |
借入金の借入/返済 | 「短期借入金」「長期借入金」の借入れ額および返済額を記載します。基本的には「Repayment」シートで計算した数値を転記します。本モデルでは「長期借入金」を返済していく仮定を立てていますので、「Repayment」シートの44~46行目から参照しています。 |
<財務CF> | |
借入金の借入/返済 | 「短期借入金」「長期借入金」の借入れ額および返済額を記載します。基本的には「Repayment」シートで計算した数値を転記します。本モデルでは「長期借入金」を返済していく仮定を立てていますので、「Repayment」シートの44~46行目から参照しています。 |
配当金の支払 | 株主還元施策の一つである「配当金」の支払いを行う場合、キャッシュフロー上のマイナス効果を意味しますので、マイナス勘定にてインプットします。また、将来モデル上で将来の配当金支払いを仮定する場合、法定の配当可能限度額についても併せて確認しておくことが必要です。本モデルでは「0」を仮定していますので、配当可能限度額のチェックモデルは策定していません。 |
自己株式の取得 | 主還元施策の一つである「自己株式」の取得を行う場合、キャッシュフロー上のマイナス効果を意味しますので、マイナス表記を行います。本モデルでは「0」を仮定しています。 |
「予測財務諸表」シートにおける、PLモデル、BSモデル、CFモデルが全て完成したら、過去~将来の全予測期間において、BSモデルの借方・貸方が全ての年度においてバランスしているかを確認します。本モデルでは、「予測財務諸表」シートの69行目の「Balance」と記載された行でこれを確認しています。ここで「0」が表示されていれば、「資産合計額」と「負債/純資産合計額」が同額になっていることを意味し、モデルが適切に策定されている可能性が高いことを意味します。
読者の皆様は、本モデルと書籍の解説を参考にしていただければ、ある程度精緻なプロジェクションを策定できるのではないかと思います。読者の皆様が編集していく仮定で、様々なエラーが出てくる場合があります。そのような場合には書籍のP207の「プロジェクションの全体像」をご覧いただき、全体的にどのような構造になっているのか、何が誤っているかを調べてみてください。本モデルのような既に出来上がったプロジェクションを参考に、セル間・モデル間のつながりを理解し、ご自身でプロジェクションを構築していくことが、最も早いプロジェクション策定の上達の道ではないかと思います。