会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 22話 ~意向表明と入札。判断基準~

DDにおける質問事項への対処 ~2018年6月10日~

堀口CFOらとの面談は、翌日に行われた。面談では現在の重要顧客リストを資料として提出・説明し、営業マンごとの成績や、どのような営業方法を行っているのか、営業が案件受注した場合にどのような業務フローが発生するのか等について詳しい説明が行われた。会社売却や事業承継等の M&A ではこういった売上にダイレクトに影響する部分については重点的な調査が入る。これらの細部を分析したうえで、現状と今後の戦略や具体的な営業手法なども整理した。また、代理店との会議の議事録等も開示しながら説明を行った。
結果として、堀口CFOにも一定の納得感を得ていただいた。

堀口 「色々と教えていただきありがとうございます。顧客の新規獲得と解約の状況については弊社でもより深く調査してみたいと思いましたが、最初にもっていた不安の多くが解消できそうです。ただ、ご提示いただいた計画は少し楽観的ではないかと思っています。大口顧客に対して一緒に営業していくというのはアリですね。弊社はどちらかというと大口系には強いので、御社の商品の拡販も期待できると思っています。代理店については議事録をいただきましたので、特別なヒアリングはナシでけっこうです。一部の顧客について弊社メンバーから匿名でヒアリングをかけてみたいと思いますがよろしいでしょうか?」

平井は樫村の顔をみながら答えた。

平井 「弊社や弊社のサービスの固有名詞や本件取引についての情報は出さないようにしていただければかまいません」

堀口 「もちろんです。弊社の営業に電話をさせて、弊社の新商品としてFT社のような商品があるのでどうか? という言い方で印象を聞いてみたいと思います。その会話の中で御社の名前が出てくれば利用している感想等も聞くようなイメージで考えています」

平井 「なるほど、それなら大丈夫だと思います」

当日は、プロジェクションで設定されているKPIについても、こと細かなヒアリングを受けたが、ほとんど想定どおりの質問ゆえ回答準備もできており、すんなり理解してもらえたようだった。この日から6月24日までに、複数回のやりとりやインタビューが入り、積極的に検討が進んでいった。

なお、6月20日にはF社との面談を実施したが、やはり当初の印象どおり、「今後の検討を進めるべきか否かまだ考えている」とのことであった。樫村としては、「宜しくお願いします」と型どおりの挨拶をして席を立ったものの、入札日までの時間があまり残されていないこともあり、心の中では「やはりF社はもうないな」という結論を出していた。こちらは速やかに平井へ報告された。

ディールの中間地点、意向表明受領 ~2018年6月24日~

本文での解説は割愛するものの、詳細資料を提出以降、様々な質疑応答が行われた。そして、あらかじめ定めていた入札日の6月24日、とうとう買収者候補のN社とS社から条件提示書である「意向表明書」が到着した。N社からの提示額は企業価値21億円、株主価値20.7億円という結果だった(S社は略)。川村は両社のメールを確認するなり、プリントアウトしたN社とS社の意向表明書をもって樫村の部屋に入って行った。このときの意向表明書は付録ファイル「LOI_N.pdf」および「LOI_S.pdf」をご参照いただきたい。意向表明書には会社売却や事業承継等のM&Aにおける、買主側の提示条件が記載されている。

樫村 「川村君、ありがとう。これみてどう思った?」

川村 「S社のほうがバリュエーション(企業価値評価額のこと)は高いですが、ちょっと意向表明書の構成と内容が雑ですね。算定方法もDCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法のこと)でやっていると書いている割には、意向表明書の提出前にプロジェクションに関する質問もあまりなかったですからね。細かいこと言うと、S社の意向表明は誤字脱字も多いんですよね」

樫村が笑いながら返した。

樫村 「たしかに……。でも冗談抜きでこういうところがいい加減っていうことは、この意向表明書は、ちゃんと議論して正式な手続きを経て複数の人のチェックを受けて提出されたものではないかもね。『とりあえず出しておこう』というスタンスで意向表明書を出す会社は結局買ってくれないことも多いからね。ともあれ、川村君が感じた印象はオレが感じた印象と一緒だよ。一方のN社は31.5億円には届かなかったけど、きちんと書いてはくれている印象だね。やはりDCF法というよりは類似会社比較法の評価を重視している感はあるよね。若しくは、こちらが立案した事業計画が相当下方修正されるものと考えているのかもしれない。まぁFT社の過去実績や業況を考えるとしょうがないかもしれないね。まぁまずは平井社長に説明することにしようか。一応は平井社長の考える下限は超えているからね。すぐに平井社長に連絡して明日の予定を再確認して」

川村 「はい。わかりました。すぐに電話をかけてみます。一応この意向表明書のポイントを整理して、平井社長へのコメントを入れた資料を作っておきます」

意向表明書を受領したあとの決断 ~2018年6月25日~

意向表明書を受領した翌日、売却者側のメンバーはFT社に集まっていた。樫村たちが、社長の平井に意向表明書の内容を説明するためだ。川村がひと通り説明を終えると、樫村に今後の流れについての説明をバトンタッチした。

樫村 「川村の説明どおり、意向表明書の内容は金額ではS社が勝っていますが、買い手候補としての確度という観点からではN社のほうが高いとみていいと思います。これは意向表明書の中身もそうですが、これまでの交渉の経緯からも推定できます。実際に意向表明書をご覧いただいても、N社のほうが具体的な記載になっていることがわかります。これはトランザクション実行後のことまで真剣に考えてくれている表れだと思っています。31.5億という提示額からは相当下がってしまいましたけどね。また、本件では、N社、S社のどちらの意向表明書も、『独占交渉権(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第五部 3-1参照)の付与がなければデュー・ディリジェンス(以下、「DD」という)に進まない』というような条件付きの価格提示の形にはなっていないので、この条件で平井さんとして進めるという意思決定ができるのであれば、両社にDDに入っていただきましょう。平井さんとしてはいかがでしょうか?」

平井 「そうですね。私としては20億程度であっても相手の印象がよく、きちんと引き継いでいただけるという印象があることのほうが重要です。その点、特にN社にはそういった印象を感じています。是非ともすすめましょう」

樫村 「了解しました。それより先は2社にDDに入ってもらうとして、最終入札、つまり最終的な条件提示をしていただく日を7月21日に設定しましょう。この後はDDの実施、最終入札、契約交渉と締結、クロージングと進みます。まずはDDの資料準備からスタートです。御社側ではここから特に大変になってきますが、一緒に頑張りましょう」

こう言って樫村は帰り際に平井と握手をした。

帰社後、川村は、2社に対して、DDに入ってほしい旨、1社だけではなく2社がDDに入った旨の連絡を入れた。また、DD後の最終条件提示を行う最終入札日を7月21日としたい旨も併せて伝えた。両社ともDDに入る旨について同意を得ることができ、準備が進められていった。川村は、両社から提出されたDD開示希望資料リストを取りまとめ、両社の希望資料をすべて網羅したDD開示希望資料リスト(付録ファイル「Required_Docs. pdf」参照)を作成するとともに、DD要綱(買収者向けのDDにかかる案内資料)を作成した。

なお、ここで言う「DD」は、簡易的DDやプレDDではなく、買収者のコストで専門家をアサインしたうえで行う、より詳細なDD、「オンサイトDD」のことだ。また、これらの流れはすべて、常にホライズンには確認を得つつ進めており、ホライズンとしてはこのような進捗に満足しているようだった。

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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