2020.06.13
会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 16話 ~買い手探し・リサーチ~
打診先の検討 ~2018年5月2日~②
樫村 「そうですね。まず規模が大きい会社やシナジーが大きく見込める会社が M&A の買い手候補となったほうが高い価値を付けてもらえる可能性は高いと思います。また、大きい会社は大きい会社を買いたがるという傾向もありますね。こういった要素を考えつつ買い手候補を検討するとよいでしょう。ただし、なかには交渉の仕方がアンフェアな会社もありますので、そういう会社を候補に入れるべきかは考える必要があります。最後になって考えられない条件を突き付けてくる会社もあれば、情報だけ抜いてやろうと、買う気もないのにDDしようとする会社もあります。こういった買い手についての情報は、我々も保有しているので適宜、指摘させていただきます。また、規模の大きさというのは資産規模を意味しますが、加えて買収資金の有無と負債の多寡もできれば分析しておきたいポイントです。資産規模が大きくとも買収資金が賄えない状況にあるということも考えられます。いずれにせよ、このあたりの判断はプロである弊社がアドバイスします。また、意向表明を複数から受領した場合、最終的なプロセスに何社を残すかということも重要な問題です。買い手側がDDを実施する場合には、原則として外部専門家等もアサインし相当のコストをかけます。したがって、買い手候補としては『1社単独で最終的な交渉に入れないのなら交渉をしたくない』と主張する場合があります。一方で売り手側としては最終的な条件提示がなされる直前まで少なくとも2社には検討継続してもらいたいと思うものです。このあたりはケースに応じて選択していくしかないでしょう。これらが固まればトランザクションは最終段階に入ります。それが25番以降の『DD~クロージング』のフェーズです。最後に最終的な条件提示(33番)がなされ、最終条件交渉からDA締結(=契約合意)ののちクロージングへと到達します」
樫村 「まずは22番の『入札日』つまり、『買収者候補による意向表明提出』が最初の大きな通過点です。いずれにしてもここで大事なのは買い手候補のリストアップです。これは弊社にてすでに作成してきました。本日はこの資料をもとに議論をしていきたいと思っています。まずこちらをご覧ください」
樫村はこのように言ってから、川村に資料を配らせた(次の図参照)。
高解像度画像はこちらをご覧ください。
樫村 「これは弊社で作成した買い手候補のリストです。弊社の独自のデータベースと専門情報サービスを用いて、一定のルールに則って作成しています。まず御社を強く買収したいであろう企業をピックアップしています。これは渋谷さんからも少しアドバイスをもらったうえ、弊社の過去の面談記録などの結果も踏まえて検討しました。また、営業力が強く中堅企業アカウントをほしそうな会社、できれば月次課金型のビジネスをしている会社が適切なのではないかというビジネスDDからみえてきた買い手像も同時に考えながらリストを作成しました。また、保有する現預金量を重要指標ととらえ、50億円以上もっている企業を買い手候補としました。非上場会社は判断が難しいので、推定で50億円以上は保有しているだろう相手をリストに含めました。貴社の価値を20億円と考えると、少なくとも2倍以上の現預金保有量のある企業でないと適正な評価をしづらいだろうと考えました。あとは負債の大きい候補も除外しています。もちろん、これはあくまで数字的なスクリーニング結果であり、ここで落とした企業が買い手候補となる可能性がある場合もあります。その場合はまた適宜リストに復活させればいいのではないかと考えています。
さて、このリストをみてどう思われるでしょうか? また、これ以外に可能性がある買い手候補としてはどのような企業があるでしょうか?」
佐藤COOが以下のように回答した。
佐藤 「樫村さん、ご作成いただきありがとうございます。ただ、ちょっとこの買い手候補一覧は違和感がありますかね。まず、弊社の商品や顧客リソースに魅力を感じなさそうな会社がかなり含まれています。たとえば、番号で言いますと、1や3、4、7、9、11、13、17から21等でしょうかね。実際の各社ホームページ上ではあまりわからないのですが、ここは明らかに顧客層が当社とも異なりますし、彼らが弊社の商品や顧客に興味をもってくれるという気はしないですね。あと、番号22から30はどういう意図で選定されたのでしょうか? 直接的には関係がない事業を行っている会社にみえるのですが……」
樫村 「非常に有用なアドバイスをありがとうございます。そういった事業面での相性等は私たちFAでは評価しにくい部分でして、やはり御社で評価いただきたいと思っていました。私たちは広く事業内容や規模からスクリーニングをしていますが、細かい部分までの評価力は当事者であるみなさんには到底及びません。したがいまして、御社側でそのように考えられるのであれば、上記の企業は買い手候補から削除してもいいと思います。また、番号22~30の買い手候補群については私が選定しました。これら企業は実際に私が日ごろから接触していて、FT社のような事業を取り込みたいという個別のニーズを直接聞いている方々です。ここには是非紹介させていただきたいと思います。きっと積極的に検討してくれる会社があると思いますよ。また、もうひとつ。FT社さんが日ごろから業務をされるなかで、この会社なら興味を抱いてくれるかも、という会社はありませんか?」
これについては平井が回答した。
平井 「アフィリエイト関連事業を行っているS社という会社があるのですが、同社は以前から弊社の株式を譲渡してくれと冗談か本気かわからないようなトーンでずっと言い続けているんですよ。社長とは飲み仲間でもあるんですがね。一応、あたってみてもいいかなと思います。次に、T社です。ここも社長との付き合いがあるのですが、以前から弊社の中小・中堅企業顧客ネットワークを評価してくれています。彼らは新事業として中小・中堅企業向けのとあるクラウドサービスを開始しようとしているのですが、『それらのスタートダッシュとなるようにクロスセルできれば面白い』といわれ続けています。まだ商品の内容がわからないので返答していないんですけどね」
樫村 「それはよい情報ですね。実はM&Aって、価格の良し悪しは別にして、日ごろから付き合いのある会社のほうがスムーズに進むことが多いんです。S社社長は冗談半分で株式譲渡の話をされるとのことですが、買収の話は冗談半分で言ってみて相手の出方を探るというのはよくあるパターンです。そういう意味ではとてもポテンシャルが高いようにみえます。
また、T社も魅力的です。新事業をはじめるというのは外部からはわからない情報で、T社にとって重要な情報です。投資額が価値に見合うと判断いただければ買ってくれる可能性は高いかもしれません。このS社とT社も買い手候補リストに追加しましょう。本日の議論の後、御社でもこのリストをブラッシュアップしていただき、適宜弊社と電話会議等で協議のうえ、休み明けの5月7日までには完成させましょう。この作業は最も重要な作業の1つであり、この成否にM&Aの成功がかかっているといっても過言ではありません」
このようなやり取りの後、FT社と川村が中心になって打診する買収者候補の選定作業を進めた。結局、この日に議論した内容で「買収者候補一覧」を更新した。最後には打診する企業が20社となった。樫村は、部下の川村に、想定問答集とFT社に用意してもらう開示資料の一覧表の作成を指示し、5月6日までに完成させた。作成した開示資料の一覧表を買収者側にチェックしてもらうことで、資料の開示有無で後々トラブルになることを防ぐことができる場合があるからだ。また、同時にIMの作成を指示した。
(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)