会社売却の極意(宮崎執筆コラム)

2025.12.09

【ニュース解説】みずほ銀行によるBlue Labの完全子会社化と新ファンド設立について

アバター画像

執筆又は監修者: 株式会社ブルームキャピタル 代表取締役社長

宮崎 淳平

早稲田大学在学中からライブドア証券投資銀行本部にて勤務。その後、インターネット関連事業会社のM&A部門ヘッドとしてM&A・投資業務に従事、投資銀行ファームを経て2012年当社設立。著書『会社売却とバイアウト実務のすべて』
早稲田大学在学中からライブドア証券投資銀行本部にて勤務。その後、インターネット関連事業会社のM&A部門ヘッドとしてM&A・投資業務に従事、投資銀行ファームを経て2012年当社設立。著書『会社売却とバイアウト実務のすべて』

株式会社みずほ銀行が、株式会社Blue Labを100%子会社化し、同社をGPとする「Blue Lab1号投資事業有限責任組合」を設立したというニュースは、私はこのBlue Labという会社を知りませんでしたが、昨今の金融機関のM&Aの潮流を捉えた面白いニュースでした。本件をM&Aや企業価値評価のプロフェッショナルの視点から解説します。

【出所】https://www.mizuhobank.co.jp/release/pdf/20251204_2release_jp.pdf

売却対象:Blue Labとはどのような会社か

まず、今回の買収対象となったBlue Labについて触れておきましょう。同社は2017年にみずほ銀行とベンチャーキャピタルのWiLが共同で設立した企業のようです。(https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20170710release_jp.html)主な業務内容は、決済、AI、IoTなどの先端技術を活用した次世代のビジネスモデルの創出と事業化支援です。 単なるリサーチやコンサルティングにとどまらず、スタートアップ企業と連携してPoC(ビジネスやアイデアの実現可能性の確認)を行い、実際に「事業の種」を0から1へ育て上げ、社会実装まで持っていく「インキュベーション(事業創出)の実動部隊」としての機能を持っている点が最大の特徴です。みずほ銀行は、この「事業を生み出すエンジン」そのものを完全に取り込んだことになります。

企業価値の源泉:ROIC経営と「リアルオプション」の確保

私が常々申し上げている通り、企業の価値というのは「将来どれだけのキャッシュフローを生み出せるか」で決まります。銀行業という規制産業は、安定している反面、爆発的な成長(Jカーブ)を描くことが構造的に難しいビジネスモデルです。また、金融業とはそれだけでは差別化が難しい事業体ともいえます。

今回の動きをファイナンスの視点で見れば、Blue Labという「イノベーションのエンジン」を内部化し、さらにファンドを通じて多数のスタートアップと接点を持つことで、「リアルオプション(将来の不確実性を価値に変え、将来の状況に応じた意思決定を行うことで価値最大化を狙うオプション)」をポートフォリオとして自社のバランスシートに組み込んだともいえるのではないかと思います。 銀行が持つ巨大な資本(投下資本)に対して、Blue Labが持つ事業創出能力やスタートアップの成長率を掛け合わせることで、長期的にはグループ全体のROIC(投下資本利益率)を向上させ、ひいては企業価値を最大化しようとする、非常に理にかなったファイナンス戦略です。

M&Aの成功確率を高める「プレPMI」としての機能

M&Aの成功率は、「買い手がその対象事業をどれだけ深く理解し、自社のリソースと掛け合わせて伸ばせるか」で決まると私は考えています。 その点、今回のスキームは非常に合理的です。いきなり100%買収するのではなく、Blue Labやファンドを通じたマイノリティ出資、および「事業共創部」での協業を通じて、「本当にシナジーが出る相手か」「自社のリソースで伸ばせる相手か」をM&A前に検証でき、その将来の姿によって意思決定ができるからです。

これは、M&Aにおける最大のリスクである「情報の非対称性」や「PMI(買収後の統合)の失敗リスク」を極限まで減らしながら、将来のホームラン案件(ユニコーン企業など)をグループ内に取り込むための、実践的なインフラ整備だと言えます。

売主(起業家)への示唆:「誰に売るか」が価値を決める

最後に、会社を売却する側、つまりスタートアップの経営者の視点です。 私は「誰に売るかによって、会社の価値は劇的に変わる」といつも言っています。 Blue Labがみずほグループの100%子会社となったのは、単に利益が出ていたからではなく、「みずほグループのイノベーション戦略の中核を担う」という「買い手のストーリー」に、Blue Labの業務内容が完全に合致したからです。特に、フィンテックの領域は世界規模で金融機関が追いかけている領域です。私がつい先日訪問したサウジアラビアではVISION2030(2030年のサウジ万博を見据えた国家レベルの成長戦略)の中心にも掲げられているようです。

今回のスキームは、スタートアップに対して「単なる資金提供」だけでなく、「みずほの巨大な顧客基盤や信用力」というレバレッジを提供できる点に価値があります。売り手からすれば、自分の作った事業が銀行という巨大なインフラに乗ることで、単独では到達できなかった成長曲線を描ける可能性があります。その上で、日本発世界展開が可能なサービスを作り上げることに繋がるような取組ではないかと思います。

単発の売却益(キャピタルゲイン)を狙うだけでなく、事業そのものを社会そして世界のインフラの一部として残していける。そういった「事業の第2章」を描ける相手として、こうした大企業の戦略的子会社やファンドというのは、非常に有力な選択肢になってくるでしょう。

この件は、日本のM&A市場が単なるマネーゲームから、より実業に即した「価値創造」のステージへ成熟してきていることを示し、また日本の金融機関の成長戦略の好例として取り上げるに値する良い事例だと感じています。

株式会社ブルームキャピタル 代表取締役社長 宮崎 淳平

タグ一覧

特集・連載:会社売却の極意(宮崎執筆コラム)

この特集ページを見る

弊社YouTube『会社売却道場』

会社売却の極意(宮崎執筆コラム)

M&A用語
データベース

『会社売却とバイアウト実務のすべて』書籍サポート

会社売却道場
トップに戻る