PMI
M&A用語のPMIとは、”Post Merger Integration”の略で、「M&A取引成立後の経営統合や業務統合、意識統合等の統合プロセス」を示します。また、経済用語としては、PMI(Purchasing Managers’ Index)は「購買担当者景気指標」を意味し、製造業やサービス業等における景況感を示す経済指標として知られております。
ここでは、M&A用語の「PMI」を取り上げます。M&A取引後に新たな組織を構築し、最大のシナジー効果を表出させることが、M&Aという取引行為に真の意義をもたらします。したがって、PMIの重要性やポイントを的確に把握し、M&A取引の検討段階からクロージングまでに、買主はPMI戦略を練り上げることが不可欠です。
買主側の重要なポイント
- ディールの途中から、買収者側の現場担当者をアサインのうえ、十分にM&A後の準備を行い、M&A実施日1日目からのアクションプランをクロージング前から構築しておくこと
- 権限と責任を与えられたM&A担当者を任命し、その者が企業価値算定の基礎となる数値計画策定と買収価格決定に関与し、M&A後の数値責任を負い、(あらかじめ定義された)成功を果たした場合にインセンティブを享受できるようにすること
- M&A責任者には、優秀で事業に明るく、財務諸表がある程度理解でき、社内的に発言力が強く、対象となるM&Aの価値を理解し、その遂行に積極的な人物を配置すること
クロージング後に初めてPMIの責任者を決定するという事例も目にしますが、これでは買収者側の立場では取引の効果を最大限に発揮しにくいものです。自分がいない場で決定された事業計画(以下、「プロジェクション」という)を見せられ、「この計画を達成してくれ」といわれても、その責任者は心底やる気になれるものではありません。
中規模以下のM&A取引にかかるPMIは、オーナー経営者が残存する場合にはオーナー経営者の協力を仰ぎつつ買収者側が主導で推進します。また、オーナー経営者が残存しない場合は、対象会社のキーパーソンを責任ある立場に昇格させるか、買収者側から適任者を出向させたうえで、買収者とともに推し進めるという流れが一般的です。
以下、PMI戦略を策定する上で買主側で注力すべき検討作業を8点取り上げます。
①(買収者側での)PMI実務責任者の決定および責任と権限の付与
特に重要な作業です。PMI実務責任者を任命する場合、当該人物は次の条件を兼ね備えた者を選定すると効果的です。
・異動等でポジションが変化しない
・他の仕事との掛け持ちが最小限で長期的にPMIの成功に向けてコミットできる
・買収者の社内で一定の発言力をもち買収効果発揮のための全社的意思決定を主導できる
・対象となる事業に詳しく、優秀な人材であり、一定の財務諸表の理解力があり、M&A取引の企業価値算定に関与している
・進めているM&A取引に積極的であり価値を理解している
特に、「責任」に比べて「権限」が弱いことが原因で失敗しているケースが散見されます。なぜなら、PMI実務責任者が描く統合プランを進めることができず、かつ進めることができても決定に時間がかかる場合が多いことによります。
また、PMIの成功とは何かということを定義し、成功した場合には当該責任者に一定の「インセンティブ」が付与される仕組みを構築できれば理想的です。このPMI実務責任者がその他のポイントとなる事柄を進めていくという意味では、この適任者の任命が最も重要な要素の1つであるともいえるでしょう。
②シナジー効果の検証
シナジーの発生が見込まれる場合、そのシナジー内容を定量化しておくことは重要です。シナジーが売上増加をもたらすものなのか、コストの削減をもたらすものなのか、対象会社側に計上されるものなのか、買収者側に計上されるものなのかを整理し、それぞれのシナジー項目についてシミュレーションを行います。
その過程の中で、シナジーによりKPIがどのように変化するのか、シナジー発生にはどのような条件が必要か、カニバリゼーション等のネガティブ・シナジーはないのかといったことを検討していきます。買収者がこの手続きを行うことは、企業価値評価を行ううえでも重要です。
③プロジェクションの策定とモニタリング指標の決定
対象会社単独でみた場合のプロジェクションの策定は売却型M&Aにおける基礎的なプロセスでもありますが、これを買収者側で検証・再策定することはPMIの基礎作業です。
このプロセスの中で、どういった指標を「モニタリング対象」とするべきかを決定していきます。この指標は必ずしも財務的指標のみとは限らず、製品販売数、取引先数、各種コスト、人員数、特定の財務比率、月次損益、シナジーに伴うKPI(クロスセル販売数等)等、多岐にわたります。
モニタリング指標は、M&Aチーム各人の業務から成果に直結しやすいものを設定するべきであり、そうすることで適切なアクションプランに結び付けることができます。
④短期的統合プランの策定およびモニタリング指標の決定
クロージング日から数か月先までの担当者別行動計画を綿密に策定することも重要といえます。よく「100日プラン」等と呼称されますが、クロージング日から100日または3か月~6か月くらいの短期的将来までの詳細なアクションプランを策定することはPMI成功にとって非常に重要です。
M&A直後にPMIをうまく進めることができ、巡航体制に入ってしまえば、ある程度成功に近づきます。具体的には、チームを「組織・人事戦略チーム」、「コスト削減チーム」、「クロスセル実現チーム」等に分割し、責任者を定め、アクションプランを週次単位、日次単位で設定、管理する……といったことを行います。
チームの成果をそれぞれ定量化して定期的に確認する仕組み(確認のタイミング、方法、確認後の処理等を規定する)も入れていくことが重要です。
⑤M&A後の短期的リスクの抽出と対応策検討
M&A取引では予期せぬ事態が多く起こります。したがって、起こりうる問題を予見しておくことは重要です。
PMIを推進する専門チームを組成した場合、各担当領域において短期的に発生しうるリスクを場合分け、抽出し、対処策を検討し、これについてもアクションプランをあらかじめ設定し、モニタリングを行います。
事前に対策を検討しておくことで、リスクが表面化した場合であっても損失につながる可能性を最大限低減させることができます。
⑥ビジョン、組織文化、人事、組織、ガバナンス体制にかかる決定
ビジョンの策定、組織・文化の融合を促す仕組み作りも重要です。特に、対象会社がベンチャー企業等であれば、上層部も「IPO」を目的として頑張ってきた……というケースも多いことから、事業会社による。
買収のように対象会社がIPOを選択できなくなってしまうような場合には、ビジョンの再構築をせざるをえない場合も多いものです。この観点では、キーマンの離反対策も重要となります。
また、マネジメントの観点からは組織体制(部署の再設計、レポートライン、決裁権限、人事等)を整え、意思決定プロセス等を含めたガバナンス体制について決定していくことも重要です。
対象会社経営陣が残存する場合は、このような観点を特に気にする場合もあるため、交渉段階から深いコミュニケーションを取っておくほうがよいものと思われます。意外にも、M&A取引終了後に、残存する取締役が単独で決裁できる金額をいくらにするか……といったことで大きくもめるケースもあります。
⑦データベースおよびシステム統合にかかる事前検討
基幹システム、顧客管理システム、データベース、ウェブドメイン、各種権利(たとえばECモール出店名義をどうするか等)等が円滑に移行できるかどうかを事前確認し、移行実務については具体的なアクションプランとして策定、モニタリング方法も決定しておきます。権利関係の移転・統合については、法律の専門家やITシステムの専門家等にも協力を仰ぐことになります。
⑧その他必要資産の処分にかかる検討
その他買収後に資産や海外子会社などを処分する等という場合においては、それらの準備を並行して進めていくことになります。