会社売却の極意(宮崎執筆コラム)

2026.01.06

【ニュース解説】松屋フーズが描く「第3の柱」。ラーメンチェーン買収に見る外食M&Aの“勝ち筋” ~「ブランド」だけでなく「再現性ある成長基盤」が評価される時代へ~

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執筆又は監修者: 株式会社ブルームキャピタル 代表取締役社長

宮崎 淳平

早稲田大学在学中からライブドア証券投資銀行本部にて勤務。その後、インターネット関連事業会社のM&A部門ヘッドとしてM&A・投資業務に従事、投資銀行ファームを経て2012年当社設立。著書『会社売却とバイアウト実務のすべて』
早稲田大学在学中からライブドア証券投資銀行本部にて勤務。その後、インターネット関連事業会社のM&A部門ヘッドとしてM&A・投資業務に従事、投資銀行ファームを経て2012年当社設立。著書『会社売却とバイアウト実務のすべて』

松屋フーズホールディングス(以下、松屋フーズ)が、「六厘舎」などを展開する松富士食品(以下、松富士)を完全子会社化すると発表しました。取得価額91億円——直近営業利益約4億円に対して22倍超のバリュエーション。この数字の背景にある「買い手と売り手、双方の歴史」を理解すると、本件の本質が見えてきます。

91億円
取得価額
約4億円
直近営業利益(2025年6月期)
22倍超
営業利益倍率

松富士食品と「六厘舎」——東京駅で行列を作った”つけ麺の聖地”

六厘舎の物語は、ラーメン業界の異端児として始まりました。

2005年、大崎に誕生した六厘舎は、極太麺と濃厚な魚介豚骨スープの「つけ麺」で瞬く間に行列店へと成長。連日3〜4時間待ちの行列が生まれ、その人気は社会現象にまで発展しました。2010年には「行列が近隣に迷惑をかけている」という理由で大崎本店を閉店するという異例の事態を経験。しかしその後、東京駅一番街「東京ラーメンストリート」に移転し、東京駅という日本最大のターミナルで「六厘舎のつけ麺」を全国から訪れる旅行者に提供する看板ブランドとなりました。

松富士食品は、この六厘舎を核に「舎鈴」「ジャンクガレッジ」など複数のラーメンブランドを展開。東京駅、羽田空港といった超一等地への出店を重ね、広告費をかけずとも来店動機を作れる稀有なブランド資産を築き上げました。所沢にセントラルキッチン(CK)を構え、品質と衛生管理を一元化するオペレーション基盤も確立しています。

しかし、個人経営に近い規模のラーメン企業には構造的な限界があります。多店舗展開に必要な資本力、全国レベルでの食材調達網、人材採用力——これらのスケールの壁を超えるには、大手の傘下に入ることが合理的な選択肢になります。六厘舎のブランド力は全国区でしたが、「全国に出店できる体制」はまだ整っていなかった。ここに松屋フーズが手を差し伸べた形です。

松屋フーズの60年:「牛めし一本」から「マルチブランド外食企業」へ

松屋フーズの歴史は1966年に遡ります。東京・練馬区に「中華飯店 松屋」として創業し、その後牛丼(牛めし)に業態転換。1968年に江古田に牛めし「松屋」1号店を出店しました。以来、吉野家やすき家と並ぶ「牛丼御三家」の一角として50年以上にわたり日本のファストフード市場で存在感を示してきました。

2018年には松屋フーズホールディングスとして持株会社体制に移行。2020年代に入ると、従来の「牛めし」「とんかつ(松のや)」に加え、第3の柱を模索する動きが加速します。2025年7月には自社ラーメン新業態「松太郎」を出店するなど、麺領域を”試す”段階から”柱に育てる”段階へ明確にギアを上げていました。

しかし、ゼロからラーメン事業を構築するリスクと時間は計り知れません。ブランド認知、レシピ開発、CKの設計、多業態展開のノウハウ——すべてを一から積み上げるには何年もかかる。松屋フーズが松富士を買収した本質は、「時間を買い、成長の確実性を手に入れた」ということです。

これは外食産業に限らず、M&Aの最も基本的な合理性です。私の書籍で説明した「時間を買う」という概念そのもの。自前で作れないわけではないが、それに費やす時間と不確実性を考えれば、すでに完成された「勝てる形」を買収で一気に手に入れるほうが、経済合理性が高い。

営業利益4億円の会社が91億円で売れた理由

単純計算で営業利益倍率22倍超。一般的な外食M&Aの相場観では説明がつかない水準です。なぜこれほどのプレミアムがついたのか。

それは、買い手が評価したのが「現在の利益」ではなく、「将来キャッシュフローを生み出す仕組み(無形資産)」だからです。

ブランド力。「六厘舎」は東京駅や羽田空港で築いた全国的な認知を持ち、広告費をかけずとも来店動機を作れる。この「認知→来店→売上」のサイクルが自律的に回るブランドは、DCF法で評価すれば将来キャッシュフローの確実性が極めて高い。

オペレーションの再現性。所沢のCKを核とした品質・衛生管理体制と、複数ブランドの多店舗展開ノウハウ。これにより「六厘舎の味を100店舗で再現できる」蓋然性が担保される。

松屋フーズの基盤との接続性。松屋フーズが持つ全国の出店インフラ、食材調達網、人材採用力と接続した時に、松富士単独では描けない「全国300〜500店規模のラーメンチェーン」という成長ストーリーが現実味を帯びる。

拙著『会社売却とバイアウト実務のすべて』で詳しく解説していますが、DCF法において「成長が継続し、その成長予測が客観的に確実性が高いと認められる」ことが高い評価につながります。逆に「確実性はまったくわからないが成長したら驚くほどの数字が見込める」という説明では、論理的に高い評価額は算出しにくい。松富士の場合、ブランド認知、CK、多店舗ノウハウという3点セットが揃っていたからこそ、「買い手の基盤と組み合わせれば大規模展開が再現可能」という蓋然性が描けた。91億円は、この蓋然性に対して支払われた対価です。

さらに拙著で強調しているのは、プロジェクション(将来予測)を策定する過程の中で「KPIの分析→プロジェクション策定→DCFによる価値評価」という一連の作業を売主側が自ら実施しておくことの重要性です。これは拙著で解説している「セルサイドDD」の中核をなす作業であり、売主が自社の正常収益力やKPIの構造を事前に整理しておくことで、買い手との交渉において「情報と技術と経験の格差」を自ら埋めることが可能になります。松富士が高いバリュエーションを獲得できた背景には、CKの生産能力、各ブランドの店舗別収益性、出店候補地のパイプライン——こうしたデータが「買い手が投資判断できる形」で整備されていたことが大きいはずです。

競合の動向が示す「業界の必然」——吉野家HDのラーメンM&A戦略

松屋フーズの意思決定が「業界の必然」であることは、競合の吉野家ホールディングスの動きを見ると一層鮮明になります。

吉野家HDはラーメン領域を「次なる柱」と位置づけ、”ブランド取得(需要側)”と”製造・供給基盤(供給側)”の両面からM&Aを組み立てています。2016年に人気ラーメン店「せたが屋」を子会社化してブランドとノウハウを取得。2024年にはラーメン店向けの麺・スープ・タレ等の開発製造を行う「宝産業」を子会社化し、製造機能を内製化しました。さらに2025年には京都発のラーメンチェーン「キラメキノ未来」を取り込み、エリア展開を拡大。

つまり吉野家HDは「人気店を買う」だけでなく、製造・物流・商品開発を含めたバリューチェーン全体をグループに取り込むことで、投資回収(ROIC)の見通しを高めている。大手各社が「麺を第3の柱にする」ことを前提に、必要な機能と時間をM&Aで買っている局面です。

この競争環境自体が、松富士のような「ブランド力×オペレーション基盤を持つラーメン企業」のバリュエーションを押し上げる構造を生んでいます。拙著で解説している「防御価値」という概念がまさにここに当てはまります。拙著では「競合企業が買収に積極的なときは売却の好機」であり、「他社によい買収対象会社を奪取されぬよう、マルチプルを高めてでも買収しようという動きになる」と説明しています。このような事情で追加的に上乗せされる価値が「防御価値」です。松屋フーズにとって、もし松富士を吉野家HDに先に取られていたら、「麺の第3の柱」構想は大幅に遅延する。この「取られたくない」というインセンティブが、営業利益22倍超というプレミアムの一因になっていると考えられます。

拙著ではさらに、「需給で成り立つM&A市場においては外部環境の変化を見逃さないことが売却戦略を考えるうえで重要」と指摘しています。松富士のオーナーにとって、大手牛丼チェーン各社が一斉にラーメンM&Aに動いている「今」は、まさにその「外部環境の変化」に他なりません。この需給の波を捉えたタイミングでの売却判断は、極めて合理的だったといえます。

売主側オーナーへの示唆:「高く売れる会社」の3つの条件

松富士のケースが示すメッセージは明確です。「ブランドの強さ」そのもの以上に、「買い手が成長を再現できる仕組み」が企業価値を押し上げる

M&Aで高評価を得るためには、「いまの利益」だけでなく、以下の3点を買い手が投資判断できる形に整えておくことが重要です。

再現性。どんな立地でも一定のクオリティと収益を出せる「運営の型」があるか。松富士の場合、CKと多ブランド運営ノウハウがこれに該当します。

拡張性。供給や人材採用を含め、スケールに耐えうる「前提条件」が整っているか。CKの生産能力、食材調達の安定性、店舗運営マニュアルの整備度合いがポイントになります。

接続性。買い手の成長戦略と接続した時に、自社単独では描けない「次の絵」が見えるか。松屋フーズの全国出店インフラと松富士のブランド力が組み合わさった時の成長ストーリーが、91億円のバリュエーションの核心です。

結びに

営業利益4億円の会社が91億円で売れた——この事実が示すのは、M&Aにおける価格は「過去の利益の何倍」という機械的な計算では決まらないということです。

拙著でも指摘していますが、M&A事業者の中には「純資産+利益3年分」「EBITDAの3〜5倍」が妥当であるという誤ったアドバイスをする例が散見されます。しかしすべての会社が同じ方法で評価できるなら、その会社の将来について議論する余地もなくなりますし、本来あり得ないことです。企業価値評価の本質は、DCF法が示すように「その会社が将来生み出すキャッシュフローの現在価値」です。営業利益22倍超の価格がつく会社もあれば、営業利益5倍でも買い手がつかない会社もある。その違いを生むのが、プロジェクションの質と、成長の再現性・蓋然性なのです。

拙著で繰り返し強調している「情報と技術と経験の格差」という問題も、ここに直結します。買収者は何度もM&Aを経験している「買収のプロ」。対して、多くのオーナー経営者は初めてのM&Aに臨むことになります。このギャップを埋めないまま交渉に臨めば、「うちは利益の3倍で十分」という買い手側の論理に押し切られてしまう。逆に、セルサイドDDを実施し、プロジェクションを自ら策定し、想定問答集を準備する——こうした「売り手としての基本動作」を徹底すれば、「利益の22倍」が正当であることを買い手に対して論理的に説明できるようになる。この差は、売却価額に何億円もの違いを生みます。

将来の成長可能性を、買い手が「再現可能」と確信できる状態に整えること。それこそが、すべてのオーナー経営者が売却を考える前に取り組むべき、最も本質的な「事業の磨き込み」です。練馬の中華飯店から始まった松屋フーズが、大崎の行列つけ麺店から始まった六厘舎を迎え入れる——両社の歴史を知れば、この91億円のM&Aがいかに「必然」であったかが見えてきます。

※本記事は公開情報に基づく分析・見解であり、特定の投資行動を推奨するものではありません。
【主要出所】松屋フーズHD公式発表

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