会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 11話 ~会社はいくらで売れる?~

買い手打診にあたっての資料準備 ~2018年4月11日、12日~①

会議室では本件のセルサイドFAであるBA社のメンバーと平井がディスカッションを開始していた。この日は樫村の部下である川村も参加した。すでに平井とBA社はNDAと業務委託契約(Engagement Letter、以下「EL」という。オーナー経営者とFAとの間で締結する)を締結し、BA社から要求された資料一式については、すでに平井より提出済みであったことから、BA社は資料の精査に入っていた。また、ある程度しっかりとセルサイドDDを実施することも決定し、実行プランを検討している段階であった。

この日に備え、FT社の会議室には樫村らにチェックしてもらうため、総勘定元帳をはじめとする様々な資料が山積みにされていた。この2日間の会議の目的は上記のセルサイドDDの実施のほか、今後の進め方、買い手候補をどう抽出するか、株主価値をどの程度期待できるか等といった事項のすりあわせを行うことにあった。株主価値の話の中で、平井からこのような質問がなされた。

平井 「樫村さんからみて、結局いくらで売却できると思いますか?」

樫村は即座に答えた。

樫村 「財務状態や商品特性、ターゲットとなる買い手候補により変わってくるので一言では言えません。しかし、ざっくり計算するならば、2017年3月期のデータでいくと……。EBITDAの3倍から純有利子負債を引いて7.6億円程度なので、このあたりの金額は最低限のラインとして期待できるように思います。ここにシナジー価値や買収プレミアムが乗ったり、より高い将来性を訴求できるか否か等の理由が絡み合って最終的な落としどころが決まってくるでしょう。あとはFT社に興味をもつ買い手候補がどれくらいいるかということですかね。現時点での感覚としては、貴社の諸事情を考慮すると、EBITDAの7倍を超えてくるような価格にはならないんじゃないかなという印象です。ただ、やってみなければわからないというのが正直なところですがね」

樫村はIT・インターネット業界に高い知見をもち日ごろから様々な会社売却案件・事業承継案件をみていることから、おおよその領域と対象会社の概観をみただけでも、買収者がどれくらいの金額で買収したいと考えるかということが読めていた。しかし、樫村でも予想しないくらい高い金額で売却されるケースもあった。ただ、そのような異常高値の取引案件は独自性、潜在的な非常に高い成長性、明らかな特徴や強み、そのタイミングにおける当該領域にかかる買収者側の強い嗜好、競争環境および、時には買収者側の検討ミス等が組み合わさって実現するものだ。その意味では、樫村は現段階で本件について高い金額で売却できる印象をまだもてていなかった。

次に、BA社が質問リストを作成していたので、そちらに移った。基本的には、財務面・ビジネス面・法務面を中心としたヒアリングだ。質問はそれぞれExcelにまとめられており、その項目は100項目以上にのぼった。これら事項は平井ですべて対応できるものでなかったことから、平井は樫村にこう尋ねた。

平井 「かなり細かい情報なのでうちのCFOの白鳥と、COOの佐藤にも入ってもらったほうがいいですかね?」

樫村 「白鳥CFOや佐藤COOには、まだ話さなくてもいいです。もう少し売却の実現可能性が高くなった段階にしましょう」

対象会社のメンバーへの情報共有は慎重になるべき、というのが樫村の経験からくる考え方だった。会社売却や事業承継等の M&A は極めてセンシティブな情報だ。
逆に樫村は平井に対して、現在の役員それぞれの経歴、プロフィール、会社に対する貢献、彼らの目指すキャリア、最近の言動について、詳しいヒアリングを行った。その質問は細かい人間関係などにも及ぶものだった。

このような流れで2日間かけて徹底的にヒアリング・調査が実施された。その後、BAメンバーはFT社のさらなる分析作業に入った。樫村は帰社し、川村とともに共有ミーティングを開き、本案件に関するポイントの整理を行った(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第三部 6-1に記載しているような項目を調べたと考えていただきたい)

まず川村はビジネス・フロー全体を確認し、図表化し、そのうえでヒアリング内容をベースに外部環境分析、内部環境分析等を行っていった。もちろん、ヒアリング事項の裏付け調査もした。ここで作成したデータはのちにIMに用いることになる。また、数値面では過去の予実分析、各種KPIの洗い出しとその予測値の妥当性検証、今後のプロジェクション(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第一部 6参照)の合理性検討に加えて、その他財務的に問題になりそうな点の洗い出しを行うこととした。

さらに、対象会社サービスの競合比較や代替的サービスの調査を行った。これらの結果、顧客候補となりそうな層へのヒアリングが必要と判断し、川村が知人等を介して対象会社サービスの評価について第三者の意見を聞いて回った。また、法務面の調査もある程度実施することとし、重要な契約書のチェックを中心に問題となりそうな点がないかを洗い出す作業を行うことにした。

なお、プロジェクションについては、BA社の川村にて、FT社側ですでに策定したモデルを検証し、合理的な根拠のあるものになっているかを確認することとなった。また、プロジェクションと同じくらい重要な書類がIMだ。こちらは川村のほうでスケルトン(目次や見出し付きの雛形)を作成し、それを平井に埋めてもらう方法で進めることにした。もちろん近い将来、本取引の情報を平井の部下(先のCFO、COO等)に共有すべきタイミングがくれば、コンテンツの重要な部分については彼らが埋めていくことになる。

基本的に、M&Aのプロであれば、売却希望者が提出した情報をそっくりそのまま買収者候補に伝達することはない。このような調査を踏まえて、FAがIMなりプロジェクションを用いて取得した情報の再整理・加工を行う。そのうえで、生データとなる財務資料などと合わせて、買収者候補への提出書類パッケージを作成していく方法がとられることが多い。賢明な買収者候補は、優秀な経営企画部メンバーを擁しているケースが多く、プロジェクションの根拠、それを支える対象会社の強み、競合に勝てる理由等の説明が曖昧な状態であれば徹底的に追及してくるものだ。説明に信頼性がないと判断されれば、それだけで案件が破談になることもある。このことから、セルサイドDD、プロジェクションの策定、IMの策定はそのプロセス自体も重要といえる。

FAに依頼する場合であれば、さらにスケジュール案の策定、DCF法やEBITDAベースの簡易的企業価値評価の可否等は確認したほうがいい。それら作業は重要だが、より重要なのは、それらの策定作業の過程でFAだけでなく売却者を含む対象会社経営陣までもが対象会社の本当の課題や強み、将来の数字の蓋然性をより深く理解できることだ。これは自社商品に関する知識が飛びぬけている者がトップ営業マンになりやすいのと似ている。

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(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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