マルチプル法(類似会社比較法/Comps)
マルチプル法とは、マーケットアプローチによる企業価値評価手法の一種で、類似会社の純資産又は利益指標等に対する株主価値又は企業価値の倍率(マルチプル)を算出し、評価対象の相対的な市場価値を導き出す手法です。
一般に、「類似会社比較法」、「コンプス(Comps:Comparable Company Analysis)」等とも呼ばれています。非公開会社や公開会社の事業部門の価値評価や、併用した他の評価手法(例:DCF法)の算定結果との相互検証、等でも活用されており、 M&A 実務上でも有力な評価手法として知られております。
マルチプル法の基礎的なイメージ
マルチプル法では、対象会社と類似する上場会社を複数社選定し、各類似会社の倍率指標データ(時価総額/利益等)を取得し、これらから適切と考えられる倍率指標(類似会社倍率指標の平均値または中央値等)に対象会社の利益等を乗じる等により対象会社の価値を算出しようというアプローチです。
たとえば、対象会社の当期純利益が1億円で、上場類似会社の当期純利益が3億円、時価総額30億円(つまり当期純利益の10倍という「倍率」)で評価されているとした場合に、対象会社の時価総額(株主価値)は1億円×10倍=10億円ではないか?と考えます。
※実際には、複数の類似会社を選定しその平均倍率や中央値(中央値の利用がより推奨される)などを材料として倍率計算を行います。
~EV/EBITDA倍率による評価~
マルチプル法の中でも特によく用いられるのが、「EV/EBITDA倍率」による評価です。「EV」とは「事業価値」を指し、「EBITDA」は「営業利益+償却費」という簡易的算式で求めることが可能な利益指標になります。
「EV/EBITDA倍率」を用いたマルチプル法では、「対象会社のEBITDAに対して、何倍のEVが妥当な対象会社のEVであろうか?」という視点から上場類似会社の当該倍率平均値または中央値等により適正倍率を検討し、当該倍率を対象会社のEBITDAに乗じることで「EV」を算出します。
「EV/EBITDA倍率」は、EBITDAがキャッシュフローに類似する性質をもつ点、各国間の税制・償却制度等の違いに影響を受けにくい点、支払利息支払い前であり株主・債権者双方に分配されるべき利益指標である(資本構成に影響されない)点、特別損益項目等の特殊要因の影響を受けにくい点等から企業価値を評価する際に重宝されます。
なお、「EV/EBITDA倍率」を議論する場合、「EV」を「事業価値」として定義している場合もあれば、「企業価値」として定義している場合もあります。本来はEBITDAが「事業および事業資産からもたらされる利益指標」であることに鑑みると、平仄を合わせようと思えば「EV」=「事業価値」とすべきです。
「企業価値」は事業に関係ない非事業資産も含めた価値であり、会社によりその保有量は異なるからです。しかし、類似会社のEV/EBITDA倍率の分子である「EV」が「企業価値」となっていれば、それにならって「EV」=「企業価値」とみなして評価しなければ算定を誤ってしまいます。
※本来「EV」=「事業価値」とすべきですが、実務では「EV/EBITDA」=「企業価値/EBITDA」として用いられている場合もある点にはご注意ください。
「EV」を「事業価値」とみなす場合は、そこから「ネットデット」を控除することで「株主価値」を求めますが、「EV」を「企業価値」とみなす場合には、有利子負債等のみを控除することで「株主価値」を求めます。
~PERによる評価~
「PER」も、「EV/EBITDA倍率」に比べると利用しにくいものの、場合によっては有効です。「PER」とはご存知のとおり「1株当たり株主価値/1株当たり当期純利益(EPS)」で算出される倍率をいいます。
これを「EV/EBITDA倍率」で行ったのと同じ要領で、類似会社平均や中央値を算出後、当該倍率に対象会社の当期純利益を乗じることで、株主価値を算出します。投資ファンドが投資する場合に、将来対象会社が上場したときにどの程度の株価がつきそうか?等を検討する場合にはPERがよく用いられます。
なぜなら、特に個人投資家比率が高くなりがちな新規上場銘柄や(主にマザーズ等の)上場銘柄等の市場株価を評価する場合には、市場においてPERを用いて評価する個人投資家が多く、それに準じて評価された価額に株価が収斂しやすいからです。
注意すべき点は、PERを用いる場合、求められる価値は「株主価値」や「時価総額」である点です。いずれにせよ、ケースによりどういった指標を用いるべきかということは個別に検討すべきです。
なお、ここで利益指標の性質とこの類似会社比較法の関係性について少し考えてみましょう。「EBITDA」という指標は、利息も配当も支払う前の利益指標であることから、「債権者」にも「株主」にも帰属する利益指標と考えることができます。
このため、この倍率と平仄があう価値は「債権者」にも「株主」にも帰属する会社全体の価値である「EV」となり、株主だけに帰属する「株主価値」とはなりません。
一方で、「PER」は「利息支払い後、配当を支払う前」の利益指標である「当期純利益」を基準として算定します。分母となる利益指標である「当期純利益」は、債権者へのリターンである利息の支払いを済ませたあとの利益であることから「株主に帰属する利益」です。
そのため、平仄を合わせるためPERの分子は「株主価値」となるのです。
ちなみに、マルチプル法には、他にもPBR(純資産)を用いたもの、PSR(売上高)を用いたもの、EBITAを用いたもの等、様々な方法が存在します。